Dinu Lipatti His Last Recital

Category : blog
Date : October 22, 2018


Columbia 2190RM

 

ぼくがここのところ、先日からお話ししているように、SP盤をはじめとした少し古い録音に夢中になっているのには、この通称“デンチク”こと電気蓄音機を手に入れたことが、その大きな原因のひとつ。中でもこの「2190RM」は、70年代のロングセラー機で、個人的には奏でる音もとても気に入っている“デンチク”です。その後カセットが付いた「G-P20」「GP22」やがてCDが付いた「GP25」など、ぼくたちが勝手に“GPシリーズ”と呼んでいるいくつかのモデルがあります。ぼくたち、というのは現在のぼくの助手の池田くんが、無類の音楽好きで、この“GPシリーズ”の存在も彼から教えてもらいました。とはいえ古いものですから、針交換ひとつとってみても、ちょっとしたコツのようなものが必要で、そこで彼がとても親しくしているレコード屋さんの陰ながらのご指南を受けながら、現在も発売されている新品の針に交換。それから、最近すっかりオーディオのいろいろでもお世話になっているプリンターの寺屋さんにも見てもらったり、そして偶然ネットで見つけた古い電気蓄音機を修理する電気屋さんのおじさんが、これまたとても丁寧ないい人で、そのおじさんにもしっかりとメンテナンスしてもらったので、今では古い機械ながらも、とても生き生きとした音を出しています。

ぼくがこの“デンチク”を手に入れて、最初に聴きたかったSP盤が、
前回お話しした「コルトーのピアノ」「カザルスのチェロ」
そして、今回お話しする「リパッティのバッハ」

 

 

ディヌ・リパッティは、あのアルフレッド・コルトーが審査員をつとめるピアノコンクールに出場するも、残念ながら結果は2位。しかしその時に彼が1位になれなかったことに対して抗議したコルトーは、自らその審査員を降り、さすがはコルトー、そんなリパッティをパリに招いたとのことです。しかし才能溢れ、将来を渇望されるリパッティでしたが、残念ながら病魔に襲われ、1950年12月にわずか33歳の若さでその生涯を閉じてしまいます。このレコードは、そんなリパッティの1950年9月16日ブザンソン音楽祭における最後のリサイタルの録音。その時既に、彼自身もこれが最後になることを悟った上での演奏会だったようです。その日は特に体調もわるかったようで、演奏後は椅子から立ち上がることも出来ないほどに衰弱しきっていたとのこと。しかしこの録音を聴いてみると、数ヶ月前から彼自身が練りに練ったそのプログラムを、本当にひとつひとつ丁寧に渾身の力を込めて紡ぎ出されているその音たちは、そしてその音楽は、そんな彼の病状を遙かに超えた、とてつもなくものすごい力を持って、聴くものを魅了します。もちろん技術的な演奏力は、けっして勝っているとは言えないかもしれませんが、ぼくは今まで幾度となくこのレコードを聴いていますが、少なくともその演奏に違和感を感じたことは一度もありません。そしてここに録音されている音は、これは他のすべてのことに当てはまるような気がしますが、なにかものをつくるような仕事というのは、もちろんそれを成し遂げるにおいて、時としてその技術なり技量は、とても大切なもののひとつではあるのですが、それこそ、きっともっと大切なものは、そんなところではない、ということをまざまざと知ることになる演奏のひとつでもあるように感じています。そのせいか、おそらくそんなことは、誰にでもあると思いますが、なかなか思うように行かなかったり、ちょっと元気がなかったりする時に、ぼくは気が付くと、ついついこの「リパッティのラストリサイタル」のレコードに手が伸びます。そして、その渾身の演奏から、いつもとても大切ななにかを感じることが出来るのです。

そしてそんな最後の演奏会で、リパッティがそれこそそのなんとか残る力の限りを尽くして、まさに最後の一曲として選んで演奏された曲が、このJ.S.バッハの「主よ人の望みの喜びよ」。ところが、残念ながらなぜかこの一曲だけ、その時の録音が残されていません。しかも、そんな生涯最後の演奏が、この合唱曲として名高いこの曲であることが、より一層、この一曲を特別なものにしているように感じます。

今ぼくは、幸いにもこのリパッティが弾く「主よ人の望みの喜びよ」のSP盤を手に入れることが出来たので、メインのオーディオシステムでじっくりとこの2枚組のLPを聴いた後に、“デンチク”でSP盤を聴いています。すると、その少し音場が小さめながらも、音の密度がぐっと凝縮された、それでいて、どこまでも続いているかのような、とても大きな世界を感じることが出来るのです。そしてそれはまるでリパッティが、「ここだよ、ここでいいんだよ」と言ってくれているかのような、とても大きな安心感があるのですから、やはり音楽というのはつくづく不思議です。

 


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